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『青い鳥』増田彩来監督

Interview

『青い鳥』
増田彩来監督

17歳からプロの写真家として活躍される増田彩来監督。MVやCMの監督を務めるなど映像作家としての活動も広げ、2023年には初監督作品の短編『カフネの祈り』でSHORT SHORT FILM FESTIVAL&ASIA 2024のオーディエンスアワードジャパン部門でグランプリを受賞しました。写真家の活動と並行して、映画にトライしようと思われたのは?

15歳のときに写真に出会い、自分の世界大きく変わり、夢中で写真を撮るようになりました。
そんなあるとき、ファインダーの奥に、時間が流れていることに気づいたんです。すごく当たり前のことなんですけど、それまでは瞬間に夢中で、時間としてファインダーの中を捉える、という発想がなかったんだと思います。そんな話を周りの人にしていたことがきっかけで映像を撮る機会をいただきました。実際に撮ってみると、写真とはまた違うかたちで時間を残す表現がすごく楽しくて、続けるうちに、映画を作りたいと思うようになりました。

写真から映像になったとき、制作意識は変わりましたか?

写真は瞬間、映像は時間。これは事実であり、大きな違いだと思っています。写真家として大切にしていることは、静止画の中に「動」を写すことです。一瞬は、それだけで存在しているわけではなく、必ず前後の時間を背負っています。だからこそ、その流れを感じさせる瞬間を、写真の中に写せたらと考えています。
映像作家として大切にしていることは、時間の中にある「波」をどうつくるかということです。写真はその波の頂点や谷といった一瞬を切り撮る表現ですが、映画はその波そのものを映し出していく表現だと考えています。その波を、どう映像として立ち上げていのか。それはこれまで経験したことのない試みだったので、脚本づくりはたくさん悩みました。

心情を脚本化するのも非常に難しい作業ですよね。ドラマとしての揺らぎを脚本上どう書かれたのですか?

脚本を書くというよりも、時間を想像する、という感覚に近かったと思います。写真を撮ることで出会ってきた時間や瞬間、人、景色の記憶の中から、「幸せの青い鳥と」いう問いに対する答えを探していくような。
ミチルも、トアも、自分の記憶から来ていますが、当然、自分ではない。無理に着地させようとすると、脚本の制作の過程では、「思いたい自分」と、「思っている自分」とのズレにも悩まされました。プロデューサーから「それは本当に思っていることとは違うのでは?」と指摘を受けて、初めてその違いに気づいたんです。理想の形に寄せてしまうと、どこか本当ではない気がして、それはしたくなかった。けれど自分で自分がわからない。それでも「青い鳥」は、私自身のとてもパーソナルな部分から始まっている作品なので、そこから目を背けることはしてはいけないと考えていました。
自分と向き合いながら、言葉にし、時間としての波を考えるのは本当に難しかったです。
プロデューサーの皆さんのお力を借りて何度も打ち合わせを重ねながら、書き直しを繰り返し、最終的に今の形にたどり着くことができました。

写真家の女性と心に傷を負った少年の旅を描く『青い鳥』を、なぜ今、幸福論として描こうと思ったのでしょう。

作品を作ったきっかけは、ある旅でした。
忘れきれない、大切な旅です。いろいろな場所を巡り、写真を撮り、美味しいものを食べて、美しい景色を見て。とても満たされた気持ちの中、旅の最後に海へ行ったんです。日が暮れる前で、空が青く染まったそのとき、白い鳥が飛んだ。空の色に染まり、その鳥は青く見えた。それを見た友人が「青い鳥だ」と言ったんです。
人は、違う人間である以上わかり合うことはできません。同じものを見ても、感じることや考えることは違う。だからこそすこしでも同じだったとき、嬉しかったりもする。そういう時のことって、一生忘れられないし、むしろ忘れきれないものとして心に残る。
私は幸せとは、忘れきれないもののことなのだと思います。

ミチルを演じた森七菜さん、トア役の黒川想矢さん、井浦新さんという強力なキャスト陣ですが、撮影中、予期していなかったさらなる気づきを受け取ることはありましたか?

森ちゃんと想矢君とは、最初に「一緒に青い鳥を探しに行こう」という話をしました。青い鳥は幸せをテーマにした作品ですが、私は幸せは決まった形を持つものではないと思っています。だからこそ、一緒に“青い鳥を探しに行く”必要がありました。旅をしながら、現場の中で改めて幸せとは何かを探し続け、その時間ごと映画にしていった感覚があります。その中でふたりが、言葉にならない感情とか、揺らぎの瞬間を一緒に探しながら丁寧にすくい上げてくださいました。だからこそ、「幸せの青い鳥」を見つけることができたと思っています。
井浦新さんには『カフネの祈り』からお世話になっているのですが、その撮影が終わったときに、「映画を撮り続けてほしい」と言葉をくださったんです。「続けてほしい」と言っていただけることは、私にとってはお守りのような言葉でした。あの言葉があったから、私は今も映画に挑戦し続け、「青い鳥」をつくることができたのだと思っています。

若手クリエイターに、自由に才能を発揮できる場を提供するプロジェクトGEMNIBUSに参加したきっかけを教えてください。

『カフネの祈り』が完成した 3日後ぐらいに、藤井道人監督と写真撮影でご一緒しました。藤井さんには日頃から大変お世話になっています。その撮影の帰りに反対側から来たのが、今回の作品のプロデューサーの今井翔大さんでした。そこでご挨拶したのがきっかけで、GEMNIBUSにお声がけいただきました。脚本はオリジナルで書いてほしいとのことで、初めての経験だったので、3カ月ほど悩みながら向き合う時間をいただきました。

なかなか他ではないケースですよね。

しばらくして別の場所で会ったとき、「脚本、進んでいますか?」と言われて、「覚えていてくれたんだ」と(笑)。答えが出るまでは全く書けない中、よく待ってくれたなと思います。

撮影の相方を、木村洸太さんにお願いしたのは?

木村さんには、『カフネの祈り』『日の出を知らない街』の撮影監督もお願いしています。木村さんは、役者の呼吸や、その場に流れる時間をとても丁寧にすくい上げてくれる方です。しかもアングルに気持ちのいい余白はありながら、隙は絶対に作らない。絵に対してこだわりが強くあって、でも何よりもカメラの先にあるものを大切にしていて、その一瞬を絶対に逃さない技術もあって。そんなところが大好きで尊敬しています。

音楽は、“音楽のある風景”を奏でるharuka nakamura。『ルックバック』なども手がけられていますね。

haruka nakamuraさんの音楽はもともと大好きで、いつかご一緒したいと思っていました。なのでとても嬉しかったです。旅の間、車で流していたのもharukaさんの曲でした。この「青い鳥」という作品は、harukaさんの音が、ふたりの世界をそっとすくい上げ、広げてくれたと感じています。本当に素敵な楽曲たちで、この作品に欠かせない存在です。

この作品を、どんな方に届けたいですか?

[幸せの青い鳥]ってミチルにとって、トアにとって、そして私自身にとっても、きっとそれぞれ違うものだと思います。だからこそ、この映画を観てくださった方一人ひとりにとっての「青い鳥」に、ほんの一瞬でも触れるような時間になれたら嬉しいです。
ただ、必ずしもそうでなくてもいいとも思っています。 この作品が、それぞれが自分自身の中にある感覚と、そっと向き合うきっかけになればいい。これはあくまで、ひとりの作り手としての、私自身のささやかな願いです。

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